ゆったりとお休みの日に、有沙の考えをここでお読みいただくようになります。
悪口とも捉えられる投稿になりますので、それはちょっと・・・って思われる方はどうぞ閉じてください。
私が前から行きたかった地元のカフェがあります。
主婦が金・土・日だけ自宅の一室でオープンさせているカフェです。
出来てすぐに多分存在を知っていたのですが、なかなか行くタイミングが無く、そうこうしている間にいつも予約でイッパイのカフェになり、ますます行けなくなっていました。
このお店が来月末で閉店するとインスタであがっていました。その時に書かれていた文章がとても気になってしまっています。
意味合いとしては、「単なる主婦がオープンしたカフェにたくさんの人が来てもらって嬉しかったけど、プレッシャーで不眠が続いて、腰も悪くなり、店を継続できなくなったので閉店します。」とのことでした。
ご病気や体調不良で閉店は仕方ないと思います。そして、素敵なお店が無くなるのも残念だと思います。
しかし、この言い方ってどうなんだって思いました。
たくさんのお客様に支えられた。でも、それがプレッシャーになったから自分が病気になった。
病気との因果性はどこまであるのか分かりません。100%原因がそこにあったとしても、単なる「体調不良」で済ませられないのか、と思いました。
今まで来ていただいたお客様への感謝の気持ちを自分の病気の原因として書く。
私には考えられないことです。
自分の夢を実現した。体に無理なことをした。
それは他でも無い、自分の希望であり、自分が原因なのです。
チャンスを与えてくれたり、評価してくださった方には責任はありません。
どうにも、この人は他者のせいにしているように思います。
どんな仕事でもプレッシャーはあります。
どんな結果になっても、人のせいにしてはいけないと思います。
私が病気をしていた時も、仲の良い人がどれほど言っても「疲れたんですよ。ストレスですよ。」と言ってきました。
病気や怪我は内容を変えてどの人にでも降りかかるものです。
それに、疲れたやストレスだというと、私に仕事を与えてくれた方が聞いたらどう思うのか。
それをとても考えてしまいます。
その人は私に苦しさを与えたと思うでしょう。
だから、何度も病気の原因を「疲労」や「ストレス」と決めつけて言ってきて友人には「違います」と答えていました。
オーバーワークはあったでしょうが、それも私が選んだことです。
好きでオーバーワークしていただけです。
私の考えではありますが、仕事というのは与えてくれる人がいてて成り立つものです。
それは雇用でもそうです。
評価をしてくれる人がいてるからこそ、職場で活き活きとできるものです。
そのような方々のせいにして、自分がストレスを感じたなどと言うのはどうかと思います。
病気なんて因果関係はハッキリしません。したとしても感謝の気持ちを持つ相手のせいにしてはいけないと考えます。
私は物事をストレートに受け取れない性質なのかもしれませんが、どうしても気になってしまいます。
このお店の件も「寂しいですね」とか「大変でしたね」とか思えずに、このようなことを考えてしまいました。
「甘えている」「失礼だ」「感謝の気持ちが無い」と思ってしまいました。
どんなに美味しそうに思えても、なかなか行けなかったのも分かりました。
私はこのお店とご縁が無かっただけではなく、このオーナーの考え方に相容れない部分があったからこそ、神様が近づけなかったのかと思います。
私は別の美味しいお店に行こう。そう思った数日でした。